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江戸時代の大人のおもちゃ

萎えたものをも入れるのは「助け舟」「安楽舟(あんらくぶね)」

 男性が房事過度に至ると「腎虚」になると言われていたようです。当時は、精液を腎水と言い、それは腎臓で生成されると信じられていたようです。
腎水を放出し過ぎると腎臓が枯渇して、空っぽになるのでその情況を「腎虚」と称していました。つまり、過度のセックスによるによる精液欠乏症です。
 この腎虚ばかりでなく、精力が減退する初老の頃には、性欲は旺盛なのに、勃起カが衰退して、どうもうまくセックスが出来ないという事になります。『和合淫質録(わごういんしつろく)』 (文政八−一八二五)によれば、

陰莖萎(いんきょうなえ)て縮む。腎虚といふにもあらず、虚症といふにもあらず、淫心おこりながら、男根萎て用に立ざること、あるものなり。

 
      助計舩 『逸書名』
とあり、初老でなくとも、男は精神的・心理的な影響から勃起不全に陥る事がある。このように、男根が軟弱になって役に立たないが、気力だけは旺盛である男たちの悩みを一掃する方策が講じられている。卓越した着想のもとに考案されたこの器具を、「助け船」または 「安楽船」と称されていました。『色道禁秘抄』 (天保五一八三四)に、

近来、老人陰茎痿(しび)れて用をなさず、気ばかり満(みつ)るに、安楽船(あんらくぶね)と云ふ具を製し、商(あきな)ふよし。其器(そのうつわ)は鼈甲(べっこう)にて樋竹(といだけ)の如きものを作り、痿茎(いきょう)を乗せて陰中へ出入り自在(じざい)ならしむ。下辺(かへん)は右の隔(へだ)てあれども、上と左右三方、陰肉(にく)に擦れて快楽(けらく)ありとかや。

とあります。ここでは「老人陰茎痿(しび)れて用をなさず、気ばかり満(みつ)るに」と、気持ちだけは女陰を欲する意欲に満ち溢れている老人としていますが、老人に限らずインポテンス(陰萎)の男性にも適用できる所が、素晴らしいところです。下図で明示した、鼈甲製のこの器具に、萎えた男根を差し入れ乗せて、そのまま女性器に挿入する。器具の真下は鼈甲が隔てとなって膣壁と接触しませんが、露出している亀頭部と、肋骨状に隙間のある上左右の三方は膣壁に触れる。これで抜き差しを行えば、疑似交合が出来る仕組みです。しかし、全くの軟弱の状態では使用は不可能と思われますし、無理に行ったとしても、摩擦の感触は得られず快感は得られなかった思われますが、「陰肉に擦れて快楽ありとかや」 (膣壁に擦れて快感が得られるということだ) とあり、それがかえって真実味があるのかもしれません。

  たすけ舟の図 『教草女大学』
         
  
鼈甲の似せを腑抜(ふぬ)けへおっかぶせ

 「腑抜け」は、勃起不全の萎まらであり、実戦には役立たずの状況を意味しています。それでも女性器に入れたいという気力のみは旺盛なので、「鼈甲の似せ」 (鼈甲製の偽の疑似男根)、つまり、助け船をそれに装着するのです。「おっかぶせ」という表現には、無理矢理に器具を被せているという行為に、滑稽味をたっぷりと添えています。しかし、当の本人は真剣そのものであるだけに、女色に専念する妄執に圧倒される思いです。
             
 その用法については、『婦慈之雪(ふじのゆき)』(文政七−一八二四)に、
            
 
助舟(たすけぶね)。老人のへのこ、陰門(ぼぼ)の中へ這入勢(はいるいきおい)なきに用(もちゆ)る。

と、端的に述べられています。ところが、『教草女大学』 (文政期−一八二五頃)には、別の用法が記載されています。「たすけ舟の図」として、器具の説明書きが示され、

 
年よりのへのこへはめてつかふなりぐにゃつかずして入るたすけぶね。

と戯歌が書かれ、さらに注記に、

 
此たすけぶねといふもの、近来の新工夫なり。老人の男根、おかさんとするときたたず。その時、男根を此ふねにのせ、玉門へ入れてのち、そっとふねを引いだすなり。

とあります。これまでの記述では、「助け舟」を男根に填めて女性器に挿入し、そのまま迪送して摩擦感とともに快感を得るものと解釈出来ますが、ここでは、ただ女性器に入れるだけの補助をする具としています。老人の萎えた一物では、いくら焦っても挿入出来ないため、この 「ふねにのせ、玉門へ入れてのち、そっとふねを引いだす」とあるように、ずずっと奥に入ったら補助具である「助け舟」を引き抜いて、男根だけを女性器に置いて来る役目なのです。しかし、萎えた男根が女性器に入ったとしても、抜き差しは不能です。そうなれば、ただ挿入したという充足感を安堵させる具という事になります。
 「助け舟」を装着して、迪送させて交合の実感を起こさせるにしても、ただ中奥へ挿入させるだけにしても、これで老人の意欲を充たすものであれば、それでよいのかも知れません。「近来の新工夫なり」と言っている点では、『色道禁秘抄』の指摘と同様です。江戸末期の文政期(一八二二)頃から、この「助け舟」が新案の秘具として用いられたといわれています。

  
入道を乗せてみかたの助け舟

 普通、「入道」と言えば古川柳では平滑盛(たいらのきよもり)を指す事が多いのですが、ここでは亀頭部を坊主頭に見立てて、男根を暗示させています。戦記物語の合戦に雰囲気を借りて、この「味方」は軟弱な男根を女性器に導き入れる助太刀を表しています。閨房器具の「助け船」には、まさに入道が鎮座して獅子奮迅の働きをこれから行おうとしています。
 『春情指人形』(天保九−一八三八)には、女悦の器具を作る職人が描かれていますが、 その一節に、
                   
 
(前略)門口でお礼申す隠居の、萎(なえ)て玉茎(へのこ)の不起(たたざる)ものは、助け船といふ老人の玉茎に用ゆる器物を製(こしら)へ、閨中戯楽(けいちゅうげらく)の道具をのみ作りければ、日増しに利得を得たりけり。

とあります、婦人用の張形や鎧形、兜形、海鼠の輪などと共に、「助け船」も製作していた様子が記述されています。「門口でお礼申す隠居」とは、律儀な老人が門前では必ず頭を低くして、挨拶を述べているという意を借りて、実は臨戦でだらりと垂れ下がってばかりいて、実戦に役立たずの男根の事を言い、「萎えてへのこの立たざるもの」の比喩表現になっています。天保の頃には、この用具の需要も多く、この名称も一般化していたと推測されます。
  
 
助け舟なぞと女のけちな声

「あらまあ、助け船なぞを使うんですか」と女の発声。これは閨房でのみ奉仕する妾の言葉です。想像すると、これを使ったセックスは女にとっては、あまり快適ではなかったのでしょう。器物の冷たさもあるし、少しは弾力性があるとはいえ、硬質の鼈甲の接触感では気分も乗らないと思われます。「けちな声」とは、いまいましい、つまらないの気持ちを含有する発語です。そんな変な器具を使わなくとも、わたしが何とか可能なように致しますよ、という妾の気持ちが汲み取れます。
 
この具を使った人の感想を詠んだらしい、切実な句に、
  
 
悔しさは助け舟でももうゆかず
                       
というのがあります。陰萎状態に陥り、女性器への執着止み難く、この具のお陰で実践をし続けて来た男。しかし、もうこれを使ってさえも、大好きな女性器へは嵌入(かんにゅう)出来なくなったと言う状態を表しています。「悔しさは」「もうゆかず」という表現には、男の挫折感と口惜しさが満ち溢れていますね。