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アダルトグッズ(大人のおもちゃ)の小史

◆張り型の伝来から江戸時代の四ツ目屋、電動バイブの登場まで、アダルトグッズ&ショップの歴史を駆け足でポイント・レクチャー


 一説によれば、今で言うアダルトグッズがはじめて日本に姿を現したのは、7世紀初頭の飛鳥時代。唐から大和朝廷に贈られた品々の中に、青銅製の張形が含まれていたといいます。

 続く奈良時代、半島から水牛の角で出来た張形が伝わり、その頃になるとわが国でも独自に張形が作られ始める。しかし、それら性具の製造・使用はもっぱら時の権力者の手に委ねられており、ようやく庶民の目に触れるようになったのは、800年以上も後、江戸時代になってからです。

1626年(寛永3年)、江戸は両国薬研掘に四ツ目屋という「性具秘薬」の専門店がオープンしました。日本初の大人のおもちゃ店の誕生です。四ツ目屋の店内は人の顔も見えないくらい薄暗く、客が声をかけて初めて店の者が奥から顔を出すといった有り様だったそうです。 しかし当時話題になったことは確かで、以来長らく性具は四ツ目屋道具、秘薬は四ツ目屋薬と呼ばれていました。 四ツ目屋とは別に性具の流通の重要な部分を担ったのは訪問販売の小間物屋でした。彼らは紅や白粉、爪楊枝などの細々とした物を行商する包みの底に性具を忍ばせ全国を売り歩きました。この当時、性具の購買層の内、かなりの女性が何らかの形で外出に制限が有ったと推定されます。また制限が無かったとしても”四ツ目屋”の類は前述のような有様であったと言いいますから女性が直接店に出向き買い物をすると言う(今もそうかも知れませんが)状況には無かったのでしょう。こうした女性にとって小間物屋は便利な存在であったと言えるでしょう。 一方で一般大衆にはこれらの性具は高嶺の花で大奥勤めの下女でさえ手が届かず台所に有った材料を用いた事を窺わせる川柳も見受けられます。ただ、”四ツ目屋”で売られる秘薬の方は長屋のおっかさんが旦那に使わせる事も有ったようで性具よりは一般的であったようです。 

 小物問屋が扱っていた性具には、たとえば次のような物がありました。

ずいき 
ハスイモの茎の皮を剥いて乾燥させた紐のこと。これをペニスに巻きつけ女性自身を刺激、女に“随喜”の涙を流させる補助器具として重宝がられた。肥後は熊本地方の名産だったことから、肥後ずいきとも呼ばれる。 巻き方は主にふた通り。2本に裂いたずいきを先から根元へと交互に巻いていくのが菱形法で、詳細は分からないが、さらに工夫を凝らして摩擦面を強調したのが捻り結び法だ。それなりの技巧を要したようで、上手く巻かないと途中でほどけてしまうこともあった。 補助器具であると同時に、ずいきは催淫の秘薬でもある。湿ったずいきから、掻痒性成分サポニンが染みだす。それが膣や亀頭の粘膜にむず痒さを生じさせ、えも言われぬ性感を喚起する。 現在売られているずいきは、リングやこけしタイプのものがほとんど。これらはお湯に浸し、手に持って相手の性器を愛撫する。もろい素材なので、ペニスにはめたり、激しくピストンしたりすると、すぐに壊れてしまう。

張形 
性具の中でその代表と言えば張形でしょう。言わずと知れた擬似男根(ディルド)で”男茎形”等とも言います。素材は色々と有るようですが水牛の角で使った物が代表的で特に高級な物は鼈甲製の物も有ったそうです。外側は男性のそれに似せた細工が施されていて、ちょっと意外なのが芯が削りだされ中空になっている事です。中空にする事によって適度の弾力が得られなかなか都合がいいようです。使用に当たってはぬるま湯で暖めるか綿に湯を浸した物やぬく灰を中空部に入れる事によって人肌の温度に近づけて用いたそうです。 また根元に紐をつけてこれを足の踵に結び付けてハンズフリーで擬似騎乗位を楽しむ方法も有ったようです。この紐で女性の股間に取り付け別の女性に張形を挿入してレズプレイを行う事も広く行われていたようです。 張形には木彫りの物も有ったようで、跡地調査で武家屋敷の有った所から出土しています。 張形の一種には”指人形”、”爪形”、”勢々理(せせり)”、”久志理(くじり)”等と呼ばれる小型の物が有り指に取り付けて使用していました。”せせり”というのは”クリ”を擦る事で、”くじる”は女性器をいじると言った意味があります。

互形 
『うなぎ』タイプの双頭張形で、接続部に刀のつばがはめてある。お江戸レズビアンカップル垂涎の品。女性が二人が向かい合って、互いに慰め合う双頭の張形で”比翼形”、”両首”、”千鳥”等とも呼ばれています。

吾妻形 
江戸時代のラヴホール。形も素材もいろいろあったそうですが、たとえば武士階級の間では、刀のつば袋を裏返しにし、中にビロードを張りつけたタイプのものが使用されていたらしい。武士のシンボルたる刀を、己のシンボルのために転用したわけです。 吾妻形のほかにも、布でこしらえた茶筌(ちゃせん)、革でできた革形などの記録が残っています。また、革袋と呼ばれる極薄タイプの革製ラヴホールもあり、これひとつで自慰具と避妊具両方の役割を果たしたといいます。

助け舟 
男性器に装着して男性機能を補助する補助器具の類で、今で言うリングも含まれているようです。肋骨のような形をしたべっ甲製のサック。そこに元気のない愚息を挟み込んで、コトに挑む。男性器の茎の部分に装着するのを”鎧形”先端の亀頭部に被せるのを”兜形”と呼んでいたようです。”兜形”には避妊の目的も有ったようですが必ずしも女性は喜ばなかったような川柳も残っています。一方”いりこ形”というのも有って”なまこ輪”、”姫泣輪”等とも呼ばれ、なまこを干して輪切りにした物です。現代のゴム製のリングみたいな物でしょう。根元に着けて入り口を狙ったり、くびれめに被せて挿入し膣の敏感な所を責めるのに使ったのでしょう。この手のリングは世界中に有るそうで馬のたてがみで作ったりやぎのまつげで作ったりシュロの繊維質を使った物も有るそうです。

 
 閨房秘具一覧 『書名失念』 (発刊未詳)

* 大奥では張形や互形は常に人気商品で、無くてはならない物だったようです。知の通り、江戸城の大奥も男は将軍のみの特殊な所です。いつ将軍の夜伽がかかるか解らない熟れ盛りの大奥の女達にとって、慰めになったのが、張形だったようです。


こうしてみると、現在出回っているアダルトグッズの大部分は、すでに江戸時代に考案されていたことになります。

→江戸時代の大人のおもちゃ


◆バイブの進化

 明治、大正、そして昭和初期、風紀を乱すという理由で当局から目の仇にされてきた性具セールスは、昭和31年の売春防止法公布と前後して、急速にシェアを拡大する。
街頭販売や訪問販売から通販へと移行し、次いで30年代の半ばから40年代初めにかけて、大阪・東京に赤門、ABCといった木造バラックの販売店がオープン。
モーテルが建ち始めた昭和42年頃には、「おとなのおもちゃ」なる看板が全国いたるところで人目を引くようになる。

 ショップの増加に伴い、グッズのほうも少しずつ進化をしていきました。中でも時代を画する出来事となったのが、電動バイブの発明です。

 30年代の半ばに日本初、つまり世界初のセルロイド製の電動バイブが発売される。これはニューハニーペットと言い、ローターを細長くしたような万年筆タイプの小型バイブでした。
次いで昭和46年、実寸大電動バイブ第1号「熊ん子」が誕生、今日まで続くバイブブームの火付け役となる。

 その後のバイブの歩みは知っての通り、くねり、スイング、IC制御などの機能が加えられ、素材もプラスチックから塩化ビニール、シリコンへと変わっていく。

 アダルトグッズにかけては世界をリードする立場にある日本。電動バイブを超える画期的な製品が登場するのも、そう遠いことではないでしょう。



◆アダルトグッズは性具にあらず!? 


 医療用具を羅列した薬事法施行令別表第一を見ると、パイプレーターは器具器械、性具は衛生用品に類別され、製造には厚生大臣の許可が必要と記されています。 

 当局の審査基準は厳しく、パスできる製品を作るのは難しい。だからでしょうが、多くのアダルトグツズは正式にはバイブレーターでも性具でもなく、したがって性器使用を露骨にうたった広告が打てません。が、この件に関しては、省庁が申請に応じてくれないから、という反論もあります。当局が門戸さえ開いてくれれば、粗悪品が駆逐できるのに……。良心的なメーカーからは、そうした声が聞こえてきます。 

 また、以前は卑猥物の頒布を禁じた刑法175条が適用されることもありましたが、85年の新風営法を機にアダルトショップは風俗関連営業第4営業と定義され、一定の規制内でグッズの陳列・販売が認められるようになりました。バイブが人間や動物の姿をかたどっているのは、「卑猥物ではなく、電気で動く人形なんです」と言いわけしていた頃の名残なのです。